東京での葬儀・葬式などの葬儀社は渥美家本店にお任せ下さい。

葬儀を東京でするなら渥美家本店へ
葬儀 東京 HOME>一期一曾

一期一曾

2012.11.19  素敵な話。

電車に乗っていたら、発達障害の高校生くらいの男の子とお母さんが乗ってきた。
私の隣の席に、その男の子が座った。
座ったとたんに、ものすごいワクワクした自由なエネルギーが伝わってきて、楽しくなって思わず笑ってしまった。笑いが止まらないほどだった。

お母さんは、彼の目の前に立っているけれども
彼を見ようともしない。まるで他人のふり。

目的地の駅についたらしく、お母さんはさっさと出口に向かって歩いていった。男の子は慌ててお母さんの後を追って出て行った。

きっと、男の子は自分がお母さんに気に入られてないところがあるのを知っている。
でも、どうしようもできない。
お母さんの気に入る子になることも、他の誰になることもできない。
自分のままでいるしかできない。

お母さんは幸せな人だと思った。
無条件の愛を知ってる。

自分の望んだものとは違うけど、望んだものより遥かに大きな愛をちゃんと感じてる。

私は、子供が親を愛する気持ちに敵わないと思ったことが何度もある。
その愛に触れながら、私自身が自由に生きることを選び続けられた。

どう生きてもいいよ。何をしてもいいよ。好きなようにしていいよ。

その言葉のバックボーンには、いつも優しく微笑んでて、どんな時も変わらずに愛してくれてる存在がある。
自分の中のその存在に気づいた時
無限の可能性の扉が一気に開き始める。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2012.05.20  心の安心

 今週は、土曜日に母方の祖母の三十七回忌法要があり、日曜日に父方の祖父の十七回忌法要がありました。ご先祖様を、忘れないために、そしてご供養に大切な節目だと思います。祖母は、幼少の頃の記憶で晩年の印象が強く、やさしいおばあちゃんでした。祖父は、一緒に旅に出かけたり、自転車を転がす姿が今でも目に浮かびます。沢山の家族が居たんだと、心に強い元気が芽生えました。代々巡れば大家族、その今を任されている自分に責任を感じました。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2012.03.24  火葬場の料金改定

いやはやもはや、また値上げです。
東京都公園協会の瑞江葬儀所が、来る4月より利用料金の値上げです。
私が、この業界に入ったときは、確か僅か¥2.700-位だったかと記憶をしております。
4月からは、瑞江葬儀所の火葬料金が¥54.600-になります。
公営で、五万円台は高いような気がします。
民間の四つ木斎場では、¥59.000-なのでほとんど変わりません。
もちろん、公営と民間との利用料金の総額の差では、公営の方が安く済みますがほとんどかわらなくなってきました。都議会は、どうしたのでしょうか?二年おきの料金改定には、困惑してしまいます。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2012.03.11  何ができたでしょう。

昨年の今日は、PTAの総会の日でした。
小学校に到着し、会長とともに下駄箱で靴を履き替えようとしたとき、廊下を走る校長先生の大きな声が聞こえました。
「地震です、地震がきます。」
えっ、地震と思い。
履き替えようとした、下足をそのままに表に出ました。
ぐらぐらと揺れが始まりました。
正門前の道路に子供たちがいて、校庭に入るように促しました。門の前から見た道路は、電信柱が交互に揺れて、地震のすごさを目の当たりにしました。
少しひびの入った、コンクリートは足元で揺れるたびに口を大きく開きました。口を開けては、閉じて、開けては、閉じて。
・・・・・・・・・・・・・・
この一年、何ができたのでしょうか?
...
物資の支援当たり前、募金の協力当たり前、節電当たり前、鎮魂の祈りあたり前、備えの準備当たり前。
誰もが行った当たり前の事しかしていません。
七月の被災地の仮設住宅の方々との出会いは、印象的でした。家族が亡くなっのに、お線香すら上げることができないとの訴え。旧盆を前に、願いを聞くことができました。
今できることを、それしかできない。だから、この訴えは私でもできると思い即実行を致しました。
亡くなられたご家族の少しでもご供養になればとの思いです。小さい命、大きな命、命の大切さは皆同じです。
3.11の出来事は、忘れない。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2012.01.18  自宅葬

どんなに、狭くても、どんなに、小さくても、どんなに、めんどうでも、お葬式をするならば、自分の自宅なんだぞ。と、葬儀の古い先輩の方々に教えられてきました。
家で、葬儀を行うこと。人間の最後を、送り出すこと。
家が在るのだから、自分の家からだぞ。と、言われてきました。
95%以上の方は、自宅以外で行う方が多い今の世の中。

-------------------------------------------------------------------
確かに、自宅でのお葬式は家族の誰かが、接待や準備や片付けなどで忙しくなる。女性の方の動きが忙しくなることが、側で見ていてよくわかります。
しかし、自宅葬はなんだか落ち着きます。集まる方も、その雰囲気に慣れているし、きっと故人様もいつもと変わらない気がします。
誰にも気を使わずに、普段と同じような状態で過ごせる自宅葬。
家族葬が、増えている今の世の中で、これから自宅での葬儀が増える?かも知れませんね。
-------------------------------------------------
式場でしか、葬儀の経験がない葬儀社の社員は対応ができるのでしょうか。
葬儀屋で働く人は、職人です。マニュアルではなく、自在に対応ができる職人です。厳しい先輩が、昔は沢山いました。そのお陰なのか、自宅葬は大好きです。
飾りに、力が入ります。一軒一軒異なる住まいの様式に、いかに対応ができるのかが勝負。やはり、経験が一番大切だと改めて感じました。
--------------------------------------------------
家族葬のニースが増大=自宅葬
なんて時代が、巡ってきそうですね。
(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2012.01.04  新しき年を迎えて・・

2012年が始まりました。
どんな一年になるのでしょう。
少し、わくわくするような気持ちです。
前を見て、前進あるのみ。
だから、嫌なことは考えないようにしてわくわくするような気持ちで行きたいのです。

昨年の暮れは、やはり一年の締めくくりとして『紅白』を見ました。
改めて、感じたことは『紅白』は意味がるんだなと感じたこと。
意味があって、中身があるんがなと感じました。
地球上の中で、日本はほんの少しの小さな島国です。
その中で、生かされている私達は『紅白』を見て何を感じたのでしょうか。
人それぞれが違う感情を抱いていたでしょうが、共通の部分もあったのではないでしょうか。

日本には、他国とは異なり様々な宗教が存在します。統一されたような、宗教的な思想や考えがありません。様々なんです。仏教・神道・キリスト教・新興宗教などの、ありとあらゆる考え方や思想があります。
だから、日本全体を象徴する表現を考えたとしたら日本は『無宗教?』なのではないでしょうか。
若しくは、『多宗教?』とでもいうのでしょうか。
仏教徒とだという人が、子供が生まれればお宮参りを行う。結婚するときだって、チャペルで挙式。
混ぜこぜで、信仰しているものが無いような気がします。だから、『無宗教』の方が近いのかもしれません。

その、『無宗教』だか『多宗教』だかの日本ではありますが、その全てをくくり含んだ中で『紅白』を見て何かを心で感じたはずです。
そうです、『心』で感じるなにかがあったはずです。
それが、日本人の誇とするところなのではないでしょうか。

日本人の素敵なところは
優しい心
思いやりの心
助け合いの心
ゆずりあいの心
励ましあう心
そんな素敵な『心』を、先祖代々から受け継いでいるところなのではないでしょうか。

今年の一年は、まずはそんな心のある日本を、今よりも素敵な日本にできるように一人ひとりが考えて行動をおこしていく。そう心がけて行きたいですね。

本年も宜しくお願い申し上げます。 (憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.12.28  今年の漢字一文字は・・

『無』

・・・今年の印象は
正に、です。
震災・原発から、あらゆる方面でその影響が出ました。
今も、まだ解決には至らずこれからです。

残にも、たくさんの方々の尊い命が奪われました。
防備な人々を、自然が襲いかかりました。
我夢中で、津波から逃げる人の映像に涙しました。

人間は、何ができるのでしょうか?
津波と言っても、映画の中の津波とは違い
泥にまみれた汚れた海水の津波です。
水の力には人は、かなわいのですね。
人間の力さを思い知らされました。

3.11以降、私は考えました。
今、何ができるのか。
自分自身の今やるべきことは何なのかと。
少しの力しかないが、できることをやろうと思いました。

弊社も、私も、経済的にも決して裕福な状態ではありませんでした。
しかし、目の前に私よりも困っている人がいる。
目の前に、困っている人がいるのになにもしないのか?

じっとしている事は出来ませんでした。
自分よりも、体力も気力も落ちて、家もくして困っている人がいる。
ましてや、家族をくして悲しんでいる人がいる。
自分よりも困っている人が沢山いたんです。
だから、できることから力をかそう、できることから協力をしようと思いました。

被災された方々との、新たな出会いもありました。
顔を拝見できた人、メールや電話でお話が出来た人。
私の地元では、協力を一緒にしようという人との出会いもありました。
大きな出来事から、大切な人との出会いができました。

12月に入り、振り返ると互いに苦しくとも、やってきたことに間違えはいと確信しました。

---------------------------------------

私は、生かされているんだということを改めて感じたとき
ドキッと、しました。
目が覚めて朝が来たとき、生きていたと考えたとき
その一日は、駄にはしてはいけません。
命を頂いた、一日なのだから。
目が覚めるということは、新たな一日を
私に下さったということ。
あたりまえのことではないということ。
そう考えるようになりました。

----------------------------------------

年頭を迎えるにあたり、お手紙を皆さんにお送り致します。

新しい一年が
何事にも恐れることの
素敵な一年になりますように。

以上 (憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.11.21  見えない力・・・その1

人は、生きている。
いや、生かされている
人は、見えない力で定められている。
運命という言葉があるが、人生は決まっているのだろうか。
本当は、一体どうなっているのだろう。
運命は、変えられないのものだろうか。
人を信じる心、自分を信じる心。

生きていること、生かされていることで
その生き方を、いろんな角度から見て表すことがある。
たとえば、寿命(じゅみょう)という言葉。
その言葉の意味は、辞書に『生命の存続する期間。特に、あらかじめ決められたものとして考えられる命の長さ。』とある。人に限ってあてはまる言葉ではなく、物に対してもあてはまる言葉でもある。
数年前の御葬儀での事、高校生の若い命が交通事故で失われた。
そのときの、御葬家の菩提寺の御住職が初七日後に遺族に対してお話なさった言葉を今でも憶えている。
「悔いても、悔いても、心のなかを整理がつかずにいることでしょう、しかし、この十七年という生涯がこの子の寿命だったと考えてください。十七年がこの子の寿命だったんだと、知ってください。」と、泣きながら力強くお話になりました。
あまりにも、短すぎる寿命を悲しむしかできない。
あきらめるということは、あきらかにすること
だから、この十七年という命の寿命を、あきらかにして知ることで、あきらめるしかなかった。
そばで、その話を私も聞いていて、そう感じたのです。
このときの、御住職は暑い夏の日でしたが葬儀後に、事故の現場に趣き、手を合せて経を唱えておりました。
山形県からお越しになった御住職のお話です。

長くとも、短くとも、身近な人との別れは、誰でも悲しい、寂しい、出来事であります。
生きていれば、遠く離れてしまっていても、いつか会えるときがあると希望が芽生えるが、旅立ったあとではその希望は薄らいでしまう。
あきらかにすることで、きっと心の中にけじめをつけなければいけないのでしょう。(憲)


投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.09.27  いいお話し・・

小松川地区委員会のたより(抜粋)

・・あきらめないこと、それが大切だということ

 彼はどんなときも、その言葉を信じようとしなかった。自分に対してその言葉を絶対に使わないと約束していた。
その言葉とは、「君には無理だよ」
彼はバスケットボールに出会い、有名高校でスター選手になることを夢見た。しかし、神様のいたずらで、彼はバスケットボールでは無名の高校に強制的に入学させられる。それでも少年は、夢を信じ誰よりも熱心に練習をした。高校のチームに勝利をもたらすことに最善をつくした。一年生にもかかわらず試合で三十六得点をあげ、「マジック」という名で呼ばれるようになる。
そして大学に進学した彼は、プロにスカウトされる。プロチームでは、長身だった彼にポイントガードと呼ばれる、通常、背が低く、器用な選手がつとめるポジションが与えられた。それは、チームの「司令塔」的な役割を担うポジションだった。まわりは、「君には無理だよ」と猛反対した。それでも、彼は諦めなかった。そして、彼は少年時代からのあこがれの選手とともにチームを優勝へと導いたのだ。彼はトップ・スター・プレイヤーとなった。彼の名はアーヴィン・ジョンソン。
人々は彼を、マジック・ジョンソンと呼ぶ。彼は、次々とマジックを起こした。オリンピックでは金メダルを取った。
三十二歳のとき、HIVに感染し、引退したが、その後再挑戦し、復活を果たした。ビジネス界でも成功した。アメリカ・プロバスケットボールリーグNBAを有名にした、歴代最高のポイントガード。NBA五十周年のときには、「歴代の偉大な五十人の選手」のひとりに選ばれている。彼は、五十歳になった今もその言葉を信じない。そして、人生にマジックを起こし続けている。
 あなたの人生にも、マジックはいくらでも起こせる。「君には無理だよ」その言葉を信じなければ。自分のまわりを情熱であふれ、夢を持った人たちでかためよう。

あなたは をかなえるために 生まれてきた。

あなたは せになるために 生まれてきた。

あなたは されるために 生まれてきた。

人になんて言われても自分を信じる。
自分の可能性を信じる。
だから、諦めない。
(小林)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.05.19  素晴らしい女性に心からの感謝を・・

悲しい出来事・・三月の震災。
突然の地震、津波・・沢山の人々の人生が奪われた。
地震からどのくらいの時間の中で、亡くなってしまったのだろうか?
あんなに沢山の人々が、亡くなるなんて信じられない。
最後まで、津波の注意を町の人々に呼びかけた女性。
逃げずに、誰かを助けようとして、自分自身が津波にのまれてしまった女性。
きっと怖かったことでしょう。
タイタニックの映画の中の、最後まで演奏を続けた音楽演奏者達を思い出した。
人の人生には、定めがあると聞いたことがある。
きっと、あの津波注意報を言い続けた女性は、自分以外の人のために生きなさいと定められた運命だったのだろうか?
なかなか、出来るものではない。
怖かったのに、逃げなかった。
素晴らしい女性です。素敵な女性です。
ありがとう。ありがとう。
きっと、何人もの人が貴女の声を聞いて、逃げられて助かった人がいますよ。
ご苦労様。よく頑張りました。
誰からも、癒される前になくなってしまった。
本当に、心からご冥福をお祈り申し上げます。
ありがとうございました。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.05.06  救われたこと。

 人には、それぞれに人生があり、それぞれの環境があり、それぞれに家族があり、それぞれの仲間がいる。
人はこの世に生を受けてから、親の愛情に包まれ育っていく。兄弟がいる人は、そこにも愛情があらわれ大人になっていく。学校に通えば、先生からも愛情をうけて育っていく。そして、沢山の友人ができて、友情という家族とは違う愛情のかたちを知ることもできる。
人には、こうした出会いが沢山ある。
親や親戚、おじいさんや、おばあさん、友人、先生、仕事の仲間、町の仲間、と沢山の人との出会いがある。
楽しいとき、笑うとき、苦しいとき、痛むとき・・、互いに分かち合い支えあって生きている。
人と人の直接的な出会いもあれば、人と人の関係には間接的な出会いもある。
たとえば、映画の主人公を見て容姿に憧れて好きになることもある。直接会うことが無くとも、他のツールから情報を得たり、写真を見たりして人と出会うことがある。これも一つの出会いであろう。
また、こんな出会いもある。
それは、素敵な書物に出会うこと。
例えば、初めて子供の頃読んだ伝記の本。
本を書いた人は主人公とは別人で、主人公の過去の存在を知り、その主人公の発見や経験を知って心の奥深くに感銘を受けて、記憶のなかに印象強く描かれること。これもまた、一つの出会いのかたちであろう。

 人が人に優しくできるときとは、どんなときだと思いますか?
目の前に困っている人がいるとき? それとも、好きな人や家族に対してだけですか?
私は、いつも思うんです。人が人に優しくできるとき、それは、自分自身も何かの要因で心が弱くなっているときで、自分自身も優しくされたいと感じているとき。そんな、時ではないでしょうか。
自分自身が弱っていたら、人に対して優しくするなんて余裕がないと考える人もいるかもしれません。
しかし、そこが大切なんです。
つまり、自分自身が弱っていたり、悩んでいたり、困っているからこそ、人に対しても優しく出来るんです。
同じ立場で、近い立場で気持ちを感じ取ることができるんです。
だから、人の立場で物事を考えられることを知っている人。人の立場で、物事を考えられる人。
その様な人間でありたい、その様な人間になろうと考えて生きていかなければいけないのだと思います。
そうすると、世の中は不思議なものでまさに「捨てる神あれば、拾う神あり」なんです。

 苦しいときに、困っているときに、こんな言葉に出会いました。
それは、私にとっては正に「青天の霹靂」ともいうべき、サヨナラ逆転満塁ホームランみたいなものでした。

『人生に行き詰まりはない』
  人の世でも自然界でも
  全ての現象は
  必要があって起こっている
  苦難や行き詰まりは
  飛躍のためのスプリングボード
  にっちもさっちも
  行かなくなった時こそ
  チャンス到来
  正しい生活の筋道に即して
  自分を変える
  絶好の機会だ
  打つ手は無限
  つねに活路あり

これも、一つの出会いです。出会うことの、素晴らしさを知り、出会うことの、感動を改めてかみしめた瞬間でした。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.04.27  お葬式

 ここ数年の間に、「お葬式」のスタイルが大きく変わってきている。「お葬式」という言葉が、当てはまらない「お葬式」。つまり、葬儀業界では、「直葬」・「火葬のみ」などと呼んでいる「お葬式」です。表現が、あまり美しくないのが残念です。弊社では、それを「自由葬」と表現しております。弊社における、平成17年4月までの「自由葬」の割合は約4割「自由葬」の流としては様々ですが病院~自宅~火葬場のパターンと、病院~保管所~火葬場のパターンと、病院~火葬場のパターンなどが御座いました。きっとこれからも、「自由葬」の割合は増していくことでしょう。「自由葬」を選ばれる方々の理由としては、お葬式を行わないで欲しいという故人様の遺言であったり、ご費用を掛けたくないという経済的な根拠であったり、心ある家族だけで送りたいという気持ちを重要視された場合などがあげられます。弊社では、ご家庭の事情に合わせて、お客様なりのご葬儀の形態に柔軟な対応をとっております。
 「お葬式」という元来のもつ意味は、人々の死生観の移り変わりから大きく変化し核家族化が進み、地域社会の協調・共同意識がなくなり、「葬送の儀」に占める宗教という存在が希薄になってきたと感じています。このような変化に対して、お寺の御住職からは、死者に対する「葬送・儀礼」の大切さをこれからの若い世代に伝えていく必要があると伺うことがあります。都内のある寺院では、布教活動に真剣に取り組んでいるところもあります。「お葬式」において、何が大切なことなのか?何が必要なことなのか?・・答えを探すとき、果たして本当にこれでよいのかと考えさせられる事が時々あります。時代が変れども、身近な方への、大切な方への「心からのありがとう」を送る葬送の心は不変だと信じております。 新聞紙面には、「死の個人化」という言葉を目にします。今年の3月の朝日新聞には、【-共同体の崩壊-以前は地域共同体の中に癒してくれる人もいたが、姿を消した。オウム事件は共通の価値観で共同体を形成しても、問題を解決できないことを示した。その結果、個々人が「生きづらさ」を解決する道を探らざるを得なくなった。-「自殺系サイトの参加者は決して死にたい訳ではない」-身近に相談相手がいないから、ネットに向かう。すると自分のつらさを分かってくれる人がいる。メールのやり取りは、ほとんどが匿名。自己紹介でもすれば、友人関係になり、自殺を止め合うようになる例が多いという。】とある。 死が個人化する背景には、国・社会・地域・家族・・・と身近なコミュニケーションの場が少なくなりすぎたのでしょう。皆様は、どのようにお考えになりますか?家族、親戚、友人、ご近所、会社の仲間、ご先祖様とお話をする時間が少なくなっていませんか?少しだけお金をかけて仲間とお茶を飲む余裕・電話でお話しをする余裕・ご親戚のお宅へお出かけする余裕・月に1度はお墓参り行く余裕をもちたいものです。ご近所の一人暮らしのお年よりは、お話し相手が欲しいと申しておりました。お顔を拝見したら「こんにちは」と必ず声をかけてお話をしています。 (憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.04.27  お釈迦様の【 飢えた虎に我が身を食わせた話】

 ある日お釈迦様が弟子の阿難を連れて托鉢をしていた時の事です。その時、一人の老母がお釈迦様の前にひれ伏して「今、刑場で処刑されようとしている二人の息子の命をどうかお助け下さい」と懇願しました。聞くところによると、二人の息子が飢えにせめられて盗みを重ねた結果、死刑を宣告されたと言います。我が子の命を救おうとする熱意に心を打たれたお釈迦様は、王の所へ出向き二人の命乞いをして、二人は救われました。感激した母子三人は弟子となりお釈迦様の教えを聞いた結果、ともに修行を完成して阿羅漢と言う位に到達しました。この事を讃嘆した阿難に対してお釈迦様は「これは過去世からの因縁である。昔、マハーラトナと言う王があり、三人の王子がいた。ある日三人の王子達は林の中で遊んでいた。その林の中に、二頭の子を連れた母虎が棲んでいて、長い間、獲物にありつけなかったので、母虎は飢えに責められて二頭の子の虎を食おうとしていました。三人の王子のうち二人の兄王子は逃げ去ろうとしましたが、末のマハーサットヴァ王子は、「永い輪廻転生の間に、私は無駄に命を捨てた事が限りなくある。それは貪欲のため、或は怒りのため、或は愚痴のためであって、尊い教えのためであった事は一度もない。尊い教えのために身を捧げる絶好の機会だ」と考え、虎の前に我が身を投げ出しました。飢えた母虎は、マハーサットヴァ王子の体に食いつき、二頭の子虎は命を救われたのでした。末の王子が虎に食われた事を知った父王と王妃は林へ行きマハーサットヴァ王子の骸骨を見た二人は悲しみの余り気絶しました。我が身を惜しまず虎を救った功徳によって兜率天と言う最高浄土世界に往生できた王子は、父母の前に姿を現わし、「父王よ、私は我が身を捨てて飢えた虎を救った功徳によって兜率天に生まれました。存在するものは必ず無くなり、生あるものには決まって死が訪れます。これが生きとし生けるもののさだめなのです。」と語った。お釈迦様は、阿難尊者に、「その時の父王とは、今の私の父であり王妃とは、私を生んでくれた母である。長男の王子は弥勒。次男は仏弟子のヴァスミトラ末のマハーサットヴァ王子は私自身であった。虎の母は今の老母。二頭の子虎は今の二人の息子である。私は前世においても二人を救い、今また二人を救ったのである。このお話は、前世のお釈迦様の功徳を説く代表的な捨身供養の物語です。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.04.18  東日本大震災・救援活動

平井小松川地区小学校7校協賛企画
---被災地の子供たちを助けよう!!---
7校合同で募金活動などが行われた。4月16日土曜日の午後1時から3時まで各小学校で実施。学校ごとには、ランドセルの回収活動も行われました。ランドセルは、200個以上集まり、募金の金額も50万円を超えた。数日後に、ランドセルは被災地の福島県に直接輸送する。募金は、文房具などの形を変えて、被災地に直接届けられる。こうした活動は、継続的に行われていく。近隣の方々、学校関係者の方々などご協力をいただきまして誠にありがとう御座いました。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.27  平井/小松川地区PTAにて募金活動開始

東日本大震災において、被災された方々を救うために募金活動を開始いたします。
江戸川区の平井/小松川地区の7校の小学校合同の協力活動です。
それぞれの、学校で募金などの活動を行っていますが4月16日(土)には合同の募金活動を行います。
詳細は、またお知らせいたします。
被災地の亡くなられた、児童・生徒は900人以上。学校は休校状態。一日でも早く、普通の生活が戻るように協力を致します。小さな力ですが、集まれば大きな力になると思います。ご協力をお願いもうしあげます。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.14  東日本大震災

悲劇です。今なお、寒さに凍えている人々や、食料が無くおなかをすかしている人や、明かりが無く暗いところで耐えている人が沢山おります。
津波にのまれ、息絶えてしまったがいまだに、海の上に漂流し引き上げられずにいる人が沢山おります。
映像で見る範囲だが、津波の恐ろしさはよくわかった。
体験した人以上には、わかってはいないだろうが恐怖感は十分感じた。
きっと1万人以上の人が、尊い命をおとしたのだろう。
気仙沼の夜中の火災は、正に地獄絵図だ。なすすべも無く、火が消えるのをただ待つだけ。
いつか来るだろうといわれていた、大地震。なんだか、終わりのような気がしない。
違う場所で、また起きるような気がしてならない。地震が起きたら、津波が来たら、逃げろというが・・果たして、逃げ切れるだろうか?そこにいたから、そこに住んでいたから、災難に巻き込まれたとしたなら、それも運命なのだろうか?
考えても答えにたどり着かない。
 これから心配なのは、原発だ。放射能に汚染された空気が、やってくる。見えないものだから怖い。
チェルノブイリの事故後、チェルノブイリの危険な話という本が売られた。読んだら、何も食べれなくなってしまった。チーズや野菜、果物etcが、汚染されている。時間だたつと人間は、そのことも忘れいつの間にか平気になる。人は、忘れる動物だというが、そうでないと生きていけないのだろう。
 しかし、今回の悲劇は忘れてはならない。もしものときの準備、対策。できることはやっておこう。
元気な人は、そうでない人を助けていこう。立ち上がらないといけない。
--------------------------------
このたびの悲劇で、命を亡くされたたくさんの人々に、心より哀悼の誠を捧げ、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.01.13  事前相談の必要性【大】

 お葬式の相談なんて、縁起が悪い。葬式のことを考えると、自分の身近に不幸が起きる。などと、考えてしまうのが日本人。不幸なことを考えるのは、良くないとお思いではないでしょうか?
果たして、本当にそうでしょうか。墓石の販売をする、いわゆる石屋さんがよく口にする言葉で、『お墓を買おうとしている人に悪い人はいない』と申します。自分自身のことや、家族のことを考え終焉の時の後のことを考え準備をしておくことは、人として生まれた以上必要不可欠なことではないでしょうか。
 最近のお客様からのお問い合わせの内容が、5~6年前よりもすっかりと変わってしまいました。この世の景気が悪いことや社会の風潮が変わってしまった部分があるから、仕方がないことなのかもしれません。しかしながら、【心】ある対応を心がけて今までお客様と接して参りましたが、最近は【心】よりも【数字】が優先されてしまい残念に感じることがあります。このままで、良いのだろうかと不安に思うことが多々あります。お客様にとって、良い内容で葬儀費用が安く済むことは必要なことです。食事をすることでも、買い物をすることでも、良い品が安く手に入れば喜ばしい。内容と価格の比較で価格以上の内容があれば、満足感を抱けます。葬儀の問い合わせの場合、内容を比較することが難しいのかもしれませんが、価格>内容 といった図式が正に、現在におけるお客様からのお問い合わせの形です。寂しい気がしてなりません。
私どもは、今までに人と人の心のつながりを大切にしていました。心のつながりがあってこそと考えて参りました。それが、現実的な【数字】が心と心のつながりのきっかけになってしまい、内容や担当者の人柄などのプライオリティーが下がってしまいました。担当者の人柄こそ一番であり、そして内容、そして価格といった葬儀社として有るべき姿が、変わろうとしております。しかしながら、時代の流れに逆らうかのようでありますが、弊社は心を大切にしてこれからも進んで行きたいと考えております。
もしものときは、事前にご相談をしてください。そして、【心】を感じてください。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.01.06  平成23年を迎えて・・

 平成23年を迎えました。渥美家本店設立より、8年目が3月にて終了し9年目に入ります。今までに、沢山の方々との出会いがありました。沢山の人生の勉強をさせていただきながら、日々精進してまいりました。お寺さんのありがたいお話を聞かせていただきました。ご家族から、大切な家族の絆を教えていただきました。ご縁をいただき、その一つ一つが今の渥美家本店の力となっていることを心より感謝申し上げます。
 ご葬儀を終えて、数年たっているかたもお線香を求めて渥美家本店へお越しいただいている方や、毎年暮れにお贈りさせていただいているカレンダーが届くと御礼のお電話やお手紙を下さる方や、心の隅に渥美家本店を覚えていただいている方など、本当の感謝致しております。私どもは、この心と心のつながりを大切にしていきたいと考えております。きっと、この世もあの世も心と心のつながりが大切なんだと思います。
 人として生まれてきた以上、涙も・感動も・悲しみも・・、心で感じて素直に表現をしていきたいと思います。今日を生きることは、昨日どこかで亡くなってしまった誰かが、死ぬほど生きたかった一日なんだということを忘れずに、大切に時間を過ごしたいと考えます。
 ご葬儀だけではなく、日頃からのお付き合いを大切にし、本年も宜しくお願い申し上げます。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2010.12.28  2010年を終える・・

 2010年が暮れようとしております。この年になると、まったく時間が過ぎるのが早すぎます。 皆さんは、どのような一年でしたか?悲しい出来事、うれしい出来事、感動する出来事・・きっと、沢山の出来事ことがあり、一番印象深いことがその一年を象徴するような感を心に抱くことになるのでしょう。  人生には、三つの『さか』があるとお寺の僧侶が法話の中でお話しされることがあります。人間誰しもが平等に与えられ、一度は輝かしい時期を迎えることがある。その時に、歩むのが『上りさか』という坂だそうです。どの時期に、その上り坂を登るのかは人により異なり、幼少の時期であったり、晩年の時期であったりとするそうです。そして、次なる坂は『下りさか』という坂を歩むそうです。輝かしい時期を終えると、一度は少しくらいは、下らないとならないみたいです。残念ですね?そのままでもよいのに、下らなければならない。そのときは、下り過ぎないように気をつけましょう。そして、最後の三つ目の『さか』とは?どんなさかなのでしょうか? 葬儀の際に、このようなお話をされることが多いのですが・・『まさか』という坂を歩まなければいけないみたいです。『まさか』という出来事は、人生の中で一度きりなのでしょうか?『まさか』は、悲しい出来事もあれば、うれしい出来事もあるともいます。感動する出来事もあり、涙することもあり、笑うこともあり、様々なことが想像できます。『まさか』という坂は、きっと沢山あるのでしょう。だから、人生谷あり山ありと申しますが、きっとそういうことなのでしょう。  皆様方におかれましては、2011年が素敵な年明けとなりますことを心よりお祈り申し上げます。 本年は、ありがとうございました。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2010.11.14  ご家族の思いを大切にして・・心つながりへと・・

葬儀の内容は、お客様が想像をしている内容で行うのが一番良い。
たとえば、故人様がとてもお花が好きだったから、棺の周りには沢山のお花を添えて上げたい、というご希望がある。
すると葬儀社は、お客様のご要望にお答えして、故人様らしい飾り付けを行う。好きなお花の色、好きなお花の種類などを伺いできる限りの準備を行う。
華美にならずに、品良くしたいなどと、細部にわたるご要望を聞き漏らさずに考慮して準備を行う。
そこで、飾り付けが終わり、お客様が納得のいくデザインで整っているかが問題になる。
最初にお客様が祭壇を見た、その時が勝負である。
飾りをする葬儀社の立場で、準備に自信がなければ、お客様に満足感を抱いていただくことはありえない。
そのために必要なことは、十分な打ち合わせとその時間における鋭い感覚が必要で、感性の良い心が大切になる。
それが備わった人間でないと、仕事をこなせないのである。
だからこそ、葬儀の仕事は世の中にある沢山の仕事の中で、けして最後の仕事であるわけがない。
中途入社で、前職でリストラになってしまい、再就職で来た人がいる。
仕事がなく、葬儀屋でもやるか。最後の仕事か。俺も落ちぶれたか。と、つぶやき仕事に関わる。
残念ことに、そのような人は一週間して辞めてしまう。そんなに甘い仕事ではない。
私にしてみれば、辞めてしまうのは当たり前であり、そのような次元の考えでは仕事はこなせない。
人の死に関わる仕事は、人の心が感じられる人の仕事。
人の命を大切にできる人は、この世の全ての命を大切にできる人。
葬儀に携わることのできる人は、その人を育ててくれた親が、環境がつくり上げた人間であり、そのことに、気がつける人は親に心から感謝の念が生まれる。
渥美家本店の大切にしている、「人と人の心のつながり」
まずは、自分と親との心のつながりから始まる。そして、周囲のあらゆる人への、縁ある人への心のつながりへと広がるのでしょう。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2010.10.30  心にずしりと、きた言葉。

葬儀の仕事は、本当にありがたい仕事なんです。
それが、痛いほどわかっています。
今まで、なかなか出会うことが出来なかった人と、出会うことができる。
縁ある人との出会いだが、なかなか出会えなかった人と出会えるるんです。
そのことに、気がつきわかっていると、自然と仕事に真剣に取り組める。
お客様に対して、自然に親切に対応ができるんです。
人の『心』を感じ取り、話をするとき、話の中で自分自身が勉強になることが沢山ある。
あるお寺さんのお話で、衝撃を受けました。

もしも、あなたが無駄に過ごした『一日』があったとしたならば・・
その『一日』は、昨日亡くなったどこかの誰かが、死ぬほど生きたかった『一日』なんだよ。
だから、今日から無駄にならないように過ごしなさいよ。

わかっていたことなのか?忘れていたことなのか?
いや、わかっていなかったことなんじゃないか。
自分に問いかけ、反省をしました。

昨日、誰かが死ぬほど生きたかった明日が、今日なんだから無駄には出来ない。
改めて、心に誓うことにしました。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2010.10.27  残念な事件。悔しい事件。

小さい子供たちは、大人が見守り、大きく成長するまでは、助けてあげたい。
小さい心では、辛いことに耐えるのも限界があり、その限界も大人と比べたら
あまりにも小さく、弱く、もろい。
だから、そばにいる大人の助けが必要である。

-------------------------------------------------

先日の出来事、群馬の小学校6年生の子が、自殺をしました。
記憶に新しいことと思います。小さな女の子。
心もまだ成長半ばの、小さな女の子。
その事件に関する、記事です。
----------------------------------
群馬県桐生市の小学6年、上村明子さん(12)が自殺し、家族がいじめを訴えている問題で、明子さんが生前、「やっぱり『友達』っていいな!」というタイトルの漫画を描き残していたことが27日、わかった。
B5判のノート3ページにシャープペンシルで描かれたイラストは、「関口桜」という名の小学5年の女児が新しい学校に転入してきたという設定。
「転校生。5年生の女の子。おとなしくて恥ずかしがり屋だけど、みんなの人気者」という主人公は、担任の先生から「転校生なので仲よくしてあげてください」と紹介され「これからよろしくお願いします」と新しいクラスメートにあいさつしている。
子ども部屋で遺品を整理していた家族が見つけたという。
母親(41)は「やっぱり友達がほしかったんだな。
自分がかなえられなかったことを漫画に託したのだと思う」と寂しそうに話した。
----------------------------------
短い記事ですが、どんな風に感じましたか?
私は、悲しくて涙がしばらくの間、止まりませんでした。
助けられなかったのか?
周りでどうにかならなかったのかと・・・亡くなった子供の
小さい心で感じていたこと、苦しんでいたこと、友だちっていいな・・・・・
この言葉に、全ての答えが有ったのではないかと・・・・

自分の子供が、いつ加害者になるかもしれない、また、被害者になるかもしれない
子供たちは、些細なことでどちらにも急になりうる。
できることは、やってみましょうよ。
話し合って、相談しあって、助け合って、協力しあって、声かけあって・・
二度と、このような悲しい出来事が起きないように
心の底から真剣に願いたい。
(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2009.10.05  山門のことば・・・

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2009.07.30  日々精進・・・

お葬式をご縁に、沢山の方々とお話が出来ました。人生の先輩である方々がほとんどで御座います。
沢山の勉強をさせていただきました。終焉の時を迎えるそれまでの生き様を伺い、自分自身もどうやって死ぬときを迎えることができるだろうかと考えます。この『葬儀』という仕事にめぐり合ったのは、私の人生においても定められた道があったのだろうと考え深く思うことがあります。人と話をすることが好きで、できる範囲ではありますが人に何かをお手伝いさせていただくことが好きで、人の力になれることでその人が喜んでくだされば、なお更のことそれが私にとって心地の良い出来事なんです。人のお世話や、力になるためには、自分自身にその分の体力が必要です。足元をしっかりと踏みならし、倒れないように体力をつけます。お客様に頼られ、安心していただくために日々精進いたしております。私の力の源は、ご縁を頂いたお客様の方々との会話やその後のお付き合いが続く事で、沢山の知識や経験を伝えて頂ける事なんです。これからも、沢山のご縁にめぐり合うことを大切にして行きたいと考えております。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2009.02.26  『おくりびと』

葬儀の際に、行われる湯灌の儀式。
お棺にご納棺する前に、故人様のお体を今一度、洗い清める儀式です。

その昔は、『古式湯灌』と言われ故人様のご家族がぬるま湯を用意して、手ぬぐいを湯に浸し故人様のお体の御足から御頭まで順に拭いてさし上げたそうです。
もちろんそうした習慣の残っている地域も日本のどこかにあることでしょう?

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2009.02.12  ご縁のありがたさを改めて知る

縁のある、お人とは必ず出会う。

もし、出会ったとしたならば、その時にその縁の大切さに気がつきたい。
一日が終わり、眠りにつくその前に一日を振り返り、いつもの顔ぶれと違う人の顔が思い出されれば、それはご縁があった人との出会い。
今日の一日の中に大切な出来事があったとう証しです。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2009.01.30  気がついたこと・・・

私の身の回りでは、いろいろな問題が常にあります。
仕事・家庭・学校・町会など、人が集まるところでは当たり前の出来事なのでしょう?

しかし、時に私は情けないことに、どうしてこんなに起こるのだろうか?とか、人と係わりあいたくないとか、考えてしまうことがあります。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2009.01.26  ありがとうございます

‐‐‐‐‐ご協力ありがとうございます‐‐‐‐‐

800個のペットボトルのキャップが

ポリオワクチン1人分にかわる。

渥美家本店では、世界中の子どもたちの命を救うワクチンを届ける活動に協力を致しております。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2009.01.26  ほんのひと声

向こう三軒両隣という言葉は、今はあまり使われなくなりました。
町の中も、世代交代が進むと住む町も変わることもあり、同じ土地に長く住み続ける人が減ってきているのでしょう。

昔ながらの、お隣さんとのお付き合いが少なくなってきております。
ましてや少子化で、お子さんが女の子一人という家庭では、将来お嫁さんになってどちらかのご家庭に嫁ぐいでしまえば、その土地から離れてしまうのも致し方ありません。
新しい人々で構成された町は、昔みたいな家族間の交流も薄れて、なかなか「向こう三軒両隣」という関係が構築されにくいのかと思われます。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2009.01.03  2009年・・・

新しい年を迎えました。
今年は、どのような一年になるのでしょうか?

とにも、かくににも、何事にも妥協なく、一生懸命に真剣に取り組んで行きたいと考えております。


昨年は、約114万人もの方々が他界されました。
私が、この業界に足を踏み入れた頃は、年間約80万人と言われておりました。
十数年で、年間30万人以上の死亡者数の増加です。
新聞では、交通事故死の人数は減少したと報じておりましたのに、総数ですと増加しております。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2008.11.30  記憶めぐり

年をとって来たのか、最近昔の思い出を頻繁に『記憶めぐり』することがあります。

葬儀業界にお世話になってから、もう十数年が過ぎようとしています。
誠にありがたいことに、千件以上の御葬家の方々と接することか出来ました。
1.000件の御葬家様との出会いがあったとしたら、その御遺族・御親族の平均の人数が20人として、20.000人の方々との出会いがあり、御会葬者の平均が100人としたら、200万人以上の方々と触れ合っていたことになるのでしょう。
改めてこうして考えてみますと、すごい人数だなぁと我ながら驚きました。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2008.11.18  御戒名について・・・

戒名とは人が仏教徒となり、仏門に入ったことの証しとしていただく名前のことです。

キリスト教の洗礼名(クリスチャンネーム)と同じようなものですが、洗礼名は生まれると同時に付けられますが、戒名の場合は本人の意思により修行をし受戒してから授けられることになります。

仏教徒でなければ必要ではありませんが、寺院に墓地があり、ご不幸があって故人をその墓地に埋葬するには、その寺院のご住職を導師として葬儀を行わなくては埋葬は許可されません。
その葬儀では導師が、故人に対して仏門に入ることを許可し戒名を授与し、その後お浄土に引導します。

従いまして、本来は仏式の葬儀には戒名・法名が不可欠なのです。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2008.09.01  世界の子どもにワクチンを・・・

渥美家本店では、世界中の子どもたちの命を救うワクチンを届ける活動に協力を致しております。


世界中で年間約140万人の子どもが予防接種を、受けられないままに大切な命を亡くしております。日本では、多くの団体が世界中の子どもたちを救う活動を行っております。身近なところで出来る命の救済活動に、皆様も参加してみませんか?

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2008.05.29  事前相談の意味

『葬儀の費用を教えてください』
『お葬式について伺いたいのですが?』

などと、お電話やメールでお尋ね頂く事があります。
一般的に事前相談とか、生前予約と言われるものです。

人が亡くなってもいないのに、おかしな話なのかもしれません。
縁起が悪い?とか、不謹慎だ?と考える方もいらっしゃることでしょう?

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2008.04.29  『ネットの被害者?』

今、新聞・テレビのニュース報道で社会問題になっている自殺の問題。

安易に入手出来て、命を奪ってしまう薬物。
自殺サイトには、沢山の心に傷を負った人々の書き込みがある。

悩み、苦しみ、いじめ、病、・・・若年層の書き込みが多い。

必死にその言葉一つ一つに、答えを見つけて自殺から食い止めようとする人。

自殺を助長するかのような、その方法まで無責任に書きむ人。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2008.03.29  故人様への思い

今までに沢山の方々とのご縁を頂きました。
人から人へ・・・心のご縁です。
本当にありがとう御座いました。
心より感謝申し上げます。
----------------------------------
人は、生まれながらにして一人ではなく
父があり、母があり、兄弟がいて、
祖父がいて、祖母がいる。
そして、友人がいて、仲間がいる。
一人の人間が、その生涯を終えたとき
どれだけの人々が、その人の死を悲しみ
嘆き、涙を流されるのでしょうか?
亡くなられた方への思いは、人それぞれ
異なれども、悲しみの心には違いはないのでしょう。
-----------------------------------

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2008.03.03  親しまれていた「しょうちゃん」

渥美家本店のある街は、JR総武線・『平井』という名前の駅のある街。
平井駅は、始発電車から終電まで沢山の人々が行き交う場所。
高架下には道があり、車・バス・自転車・バイクが通り、歩道には歩く人々がいる。
高架下の歩道は、公道でありそこに居つくことは出来ない。
しかし、その高架下には昔から平井の街の人々に「しょうちゃん」と呼ばれた人がいた。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2008.01.01  平成20年を迎えて

時代が平成になりましてから、節目の年、20年を迎えました。
弊社も設立より、節目の5年目を3月で終えて、6年目に入ります。
お客様と様々な出会いが御座いました。
地元のお客様、インターネットを介してのお客様、友人・知人のご紹介、お客様からその知人へのご紹介を頂いたお客様、折込チラシを御覧頂いたお客様など沢山の方々と出会うことが出来ました。
心より感謝申し上げます。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2007.11.08  式場での実演奏・・・

お葬式の式場の空間は、葬儀社により異なると思われます。
少し難しい言い方を、してしまいましたが、つまりは葬儀会場の造り方や大きさではなく、葬送の儀・告別の式の進め方とでも言いましょうか?
最期のお別れのときを、どのように感じて、どのように過ごして頂くかということです。
限られた時間の中で、大切な故人様に対するそれぞれの心に秘めた思いを亡き人へ伝えていく。
その最期のときこそ、その空間こそが、とても大切だと考えております。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2007.09.22  一日葬って?(いちにちそう)

大切な人が、お亡くなりになりました。
ご家族は、とても落ち着かない様子でした。

いろいろな事情を考慮して、お葬式を執り行うことになりました。

お寺さんにお経を上げていただきたい、お花を飾ってあげたい、家族だけで送ってあげたい、田舎からの人たちに不便のない場所でお式を行いたい。
などと、お客様からのご要望をかなえられるように弊社は、限りない努力を惜しみません。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2007.08.21  お寺さんの温かい・・・気持ち・・

家族葬が行われました。
御遺族・御親族のみで行うご葬儀のことです。

一般のご弔問の方々は、お越しにならずに20名様ぐらいで行われました。
お葬式のかたちは、仏教式のお式でした。

僧侶は、お客様の昔からのお付き合いのあるお寺さん、いわゆる菩提寺です。
福井県の永平寺で修行をされた僧侶でした。

故人様は、大変に長生きをされ、ご家族は大往生だと申されておりました。

お通夜、葬儀、告別式と二日間に渡り、故人様が無事に旅立たれますようにとご家族の方々が見守り、香をたいておられました。
故人様には、お孫さんや曾孫さんが沢山おられ、式の間も、元気なお子様達の声や足の音で、式場は少々にぎやかになってしまいましたが、二日間をとても温かく送ることが出来たのではないでしょうか?

御住職には、式の読経の間に式場がお子様達の声でにぎやかになってしまったことをお詫びしなければならないと思い、お通夜のお帰りの際にお話を致しましたところ、御住職はこうしてお話になられました。

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2007.07.23  家族葬とは?

◇ 家族葬 ◇
家族葬は対応できますか?
という、お問い合わせが弊社に沢山あります。
お客様は、葬儀社にお葬式の問い合わせをするときに、どこまでの対応が葬儀社が対応可能なのか?分からないと伺います。葬儀社側は、葬儀全般とか、すべての宗派対応などと表現を致します。しかし実際お客様は、その表現すらなかなか理解ができないようです。滅多に起こらない事態でもあるし、日常的ではない業種なので、まだまだ情報がお客様のもとまで届いていないのが現状でしょう。
最近は、インターネットの普及から葬儀に関する情報はいつでもキャッチすることが可能になりました。そのなかで、TVや雑誌、新聞の折り込み広告などでも『家族葬』という言葉が消費者の方々に浸透してきました。昔は、『内々でのご葬儀』とか『密葬で・・』などと表現していたお葬式の容が『家族葬』です。(※注:密葬とは?・・・正確には、密葬の後に本葬儀をひかえて行うお葬式のことを言う。)
お客様からの、家族葬は対応できますか?の問いに対して渥美家本店では、もちろん「可能です」とお答えいたしております。自宅で行う家族葬、斎場を利用して行う家族葬、町の会館を利用して行う家族葬、寺院の会館を利用して行う家族葬など、場所も様々です。通夜・告別式と2日間行う家族葬、1日に限り行う家族葬など日程も様々です。費用を抑えて行う家族葬、フラワー祭壇で行う家族葬、白木祭壇で行う家族葬、無宗教で行う家族葬などいろいろあります。だからこそ、渥美家本店は客様のご要望に合わせたお葬式の提案から施行を承ります。どんなことでもお気軽にお尋ねください。
お客様の葬儀に関する良き
アドバイザーが渥美家本店です。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2007.07.18  子供が育つ魔法の言葉

ある小学校で、親宛に配布された資料にとても参考になるものがあった。
著者は、「ドロシー・ロー・ノルト」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
励ましてあげれば、子供は自信をもつようになる。
広い心で接すれば、切れる子にはならない。
誉めてあげれば、子供は明るい子に育つ。
愛してあげれば、子供は人を愛することを学ぶ。
認めてあげれば、子供は自分が好きになる。
見つめてあげれば、子供は自分が好きになる。
分かち合うことを教えれば、子供は思いやりを学ぶ。
親が正直であれば、子供は正直であることの大切さを知る。
子供に公平であれば、子供は正義感のある子に育つ。
守ってあげれば、子供は強い子に育つ。
和気あいあいとした家庭で育てば、子供はこの世はいいところだと思えるようになる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いかがでしょうか?
これは、家庭で十分にできる範囲の魔法です。
子供達は、親がそうしてあげることによって魔法にかかるのです。
そして親は、子供にそう接しながら、子供達に親になれるように育ててもらうのではないでしょうか?
子供が生まれた時って、実際は親はまだ親ではないんです。
子供を育てながら、親になっていくんですね。
子供は好奇心が旺盛で、たくさんの事を学びます。
だから、親も一緒になってたくさん学びましょうよ。
できないことは、正直にできないと認めて、子供と一緒に学びましょうよ。
愛し合うこと、分かち合うことで、子と親の絆が深まるのでしょう。(憲)



投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2007.07.16  天災

7月に入り、大型の台風4号が日本列島を襲った。九州などの地域では、死傷者が発生し大変な被害を受けた。NHKでは、繰り返し被害の状況や、台風の動きを放送していた。新しい情報が次々に入り、その情報をリアルタイムに放送する。即座に被害の状況が、遠方でも把握することが出来て有難いことと改めて感じた。7/16になっては、午前10時13分に新潟でまたも地震が発生した。事務所のある東京都江戸川区でも、かなりの揺れを体感した。家屋が崩壊した映像が流れ、被災地の方々の安否が気になった。雨・風・地震・津波・・・天災とは、人間の力では全く及ばない力で襲ってくる。これだけ連日起こると、一人ひとりがせめて非難器具や非難時用の靴や、家族同士で災害時の避難場所の確認など改めて行っていただきたいと感じた。いつ起こるかわからない天災。そのときになったら、どうにもならないのかもしれないが心の準備をしておくだけでも違いがあると思われる。阪神の震災の被害を受けた方から、枕元にガラスを踏んでも大丈夫な靴をいつも枕元において寝ていると聞きました。ひとつだけでも、準備をしておくともしものときに役に立つと思います。今ここでは、被害を受けられた方々のご無事をお祈りすことしかできませんが、被災地の被害が最小限にとどまることを心よりお祈り申し上げます。(山中)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2007.07.10  生かされていること・・・

 生者必滅 会者定離・・・・・
命あるものは、ついには寿命を迎えて死に至ります。悲しいことに、この世に生まれたものは、いつかは旅立つことになるのです。すべての人に、この世のすべての生命に平等に与えられた定めなのです。
この世に、生を享けたものは、精一杯今を生きている。いや、今を生かさせていただいている、という方が正しいのかもしれません。生かされていること、そしていつかは寿命という時がくるということ・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 若いころ、恩師からこのような話を頂いたことがあリます。人生の最後、つまり死ぬときのこと。自分自身で、どんな最期を迎えるか考えておきなさいと言われました。その通りになるのかは、そのときになってみなければ分かりませんが、どうやって、死を迎えるか?どうやって、死を迎えたいか?なんです。
皆様は、考えたことがありますか?半分ぐらいの方は、一度や二度は真剣に考えたことがあるのかもしれません。しかし、半分ぐらいの方は死ぬことなんて考えたことが無いのではありませんか?考えたことのないほとんどの方は、きっと健康だから・・・病気もしないし・・・食欲もある・・・だから、死のことは忘れてしまっている。自分はまだ死なないと、思っている。けれども、そう思っている人もいつかは最期があるんです。いつくるのかわからない、寿命。そう考えると、毎日毎日が無駄にできなくなるんです。一日24時間・1分1秒が無駄にできないような気持ちになるんです。生かさせれている以上は、最期のときを自分では決められないのです。健康なときにこそ、怪我や病気に臥せることの無い時こそ、自分自身の生き方や、家族のこと、周囲の人々のこと、地域のこと、地球のこと、そして、自分自身の最期のときの事を少しずつ考えてみてください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

きっと
心に変化が起きて、
行動が変わり、
環境が変わり、
人格が変わり、
人生がすばらしい道へと進むような気がします。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2007.07.07  日蓮宗の修行

 世界三大荒行とは、インドのヨガ・天台宗の廻峰行・そして、日蓮宗大荒行。厳しい修行を行うことにより、日蓮宗の御祈祷を行うことができます。日蓮宗の祈祷は行者の一心の修行により、本仏の大慈大悲の仏力が働いて、妙法の経力が活動し、法華経読誦、唱題の力は修行者の信力をいよいよ深め、ついに念力をも生ずることになるのです。大本山 正中山法華経寺 大荒行堂 大荒行は、毎年十一月一日から翌年二月十日までの寒壱百日間、千葉県・大本山正中山法華経寺にて行われます。大荒行には全国から沢山の僧侶が集まり、寒壱百日間に及ぶ修行は大荒行の名に恥じない厳しいものです。日蓮宗の僧侶なら誰でも良いわけではなく、修法規程にのっとった僧侶のみが対象となります。修法について口伝を相承し、祈祷法の伝授を受けるため、たいへん厳しい苦修練行を行います。 荒行僧の一日は、早朝二時に起床し朝三時一番の水から午後十一時まで一日七回、寒水に身を清める「水行」と「万巻の読経」「木剣相承」相伝書の「書写行」があり朝夕二回、梅干し一個の白粥の食事の生活が続きます。大荒行堂での生活は、まさに次の言葉の通りです。
寒水自粥凡骨将死 (カンスイビャクジュクボンコツショウシ)
理懺事悔聖胎自生 (リザンジゲショウタイジショウ)
冷たい水を浴び、お粥を食べ、死ぬほどの厳しい修行を通じて罪を悔い改め、心から反省するならば、生まれ変わったように尊い身となる二月十日の成満の日は、入行時に閉ざされた瑞門が、壱百日ぶりに開かれ、全国から集まった出迎えの大勢の檀信徒が早朝より修行僧の出行を待ち受けます。続いて祖師堂で「大荒行成満会」が行われ、再び檀信徒のもとで修行の成果が実践されます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
中山法華経寺 (なかやまほけきょうじ)
中山法華経寺は、日蓮が松葉ヶ谷(まつばがやつ)で焼き討ちに遭い、難を逃れた際、若宮の領主・富木常忍(日常聖人)と中山の領主・太田乗明が避難先を提供したことから生まれた霊跡で、大本山の格式を持つ。(小林)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2007.06.28  ありがたいという話

Q: お寺さんにお渡しするお布施はおいくらですか?
Q: お布施の相場は、どのくらいですか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お客様から尋ねられることがあります。
しかし、葬儀社の立場では金額を決められるものではありません。回答を出すのに困難な質問です。
従いまして、そんなときは今までに経験をしてきたなかで知りえる知識の範囲でお答えをするのです。お客様に、菩提寺がある場合と無い場合、菩提寺の所在地によっても地域的な価格に格差があります。一般的に御戒名(御法名)にも、位号(くらい)によりお布施の金額が異なる場合もあります。そのあたりの、お話を致しましてから相場とは異なるかもしれませんが平均的な金額のお話を致します。菩提寺がある場合は、直接寺院へご相談していただくことが必要かと思われます。向こう(あの世)でのお名前を付けていただくということは、とても大変なことです。辞書を広げて、文字を選び御戒名を定めるわけではありません。仏式の場合、名前を授ける立場の僧侶はそれなりの厳しい修行を終えられてきた方々なのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日蓮宗では、大寒荒行という世界三大荒行のひとつの厳しい修行があります。11月から2月までの間、100日間の寒い時期に荒行を行います。千葉県中山の法華経寺に、全国から修行を行うために僧侶が集まるのです。荒行堂という修行の場があり、11月に開門すると、2月までは門が閉じられるそうです。その荒修行のひとつに、1日に7回も冷たい水を頭からかけて行う修行があるそうです。午前0時に就寝につき、1回目の水場での修行が午前3時から始まるそうです。とても厳しい修行ですね。並みの精神では勤まらない修行だと思います。食事も、とても満腹には程遠い最小限の内容だそうです。そうした、つらく、厳しい日々を100日間耐えて行くそうです。手足はあかぎれで痛み、体力、精神が鍛えられるそうです。2月の帰山式(元の寺に帰る)時には、体重が20KGも減っている人もいるそうです。経験する方は、その荒行を何年も務める僧侶もいるそうです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そうした厳しい修行を終えられてきた僧侶に、あの世でのお名前を頂くのです。
ありがたい事です。
大変なことです。
縁がなければ、それも受けることもできないのです。お布施とは、ある意味では感謝の表現なのかもしれません。相場とか平均値なんていうことはをお話しすることはおこがましい事なのかもしれません。人それぞれ、価値観が異なり、考え方も違います。同じ話を聞いても、感じ方に違いもあるでしょう。だけれども、感じていただきたいことは、そうした修行などを受けられ、そしてその道の精進をしている僧侶が居るということ。そして、お客様が縁あって巡り会った僧侶はそうした方々であることを心よりお祈り申し上げます。(山中)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2007.06.20  ◆ 事前相談 ◆

お葬式についてのお問い合わせ・・・
弊社にお問い合わせをいただく場合、方法は二つあります。
①電話でのお問い合わせ
②メールでのお問い合わせ

ご年配の方は、お電話のでのお問い合わせが圧倒的に多く
50代よりお若い方は、メールでのお問い合わせが比較的に多いのが現状です。
近くにお住まいの方は、直接来社してくださる場合もあります。
相談内容としては・・・
①葬儀の段取りをどうしたらよいのか?
②葬儀費用に関する不安?

などが多く、ほとんど人生の中で経験をしたことのない事態なので全く見当がつかないというのが、お客様からお伺いする相談内容です。
弊社では、お客様の諸事情を考慮して、お客様のご希望にあわせた葬儀の段取りから、葬儀費用のお見積りを作成いたします。分らないことは、説明を受けて、そしてお客様が納得していただくことが大切です。納得するということは、お客様が理解をするということです。
弊社は、説明の時間を惜しみません。
お電話では、困難な場合は事前にお客様のご自宅などにおうかがいを致しましてご説明に参ります。
お気軽にご相談ください。(憲)



投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2007.06.14  関東地方も入梅・・・

街中の住宅街を歩きますと、紫陽花の花を見かけます。
紫・赤・・最近では、白い紫陽花も多くなりました。
梅雨の時期に、紫陽花の花はよく似合っていますね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日ご縁のあった、故人様は紫陽花がとても好きなおばあちゃんでしたとお孫様から伺いました。紫陽花をこのお葬式で飾りたい。
どこに紫陽花の花を咲かせようか?
ご弔問にこられた方々にも故人様の大好きだった紫陽花をご覧になって頂きたい。
ご弔問者が、必ず通る場所に紫陽花を咲かせたい。
門前の提灯の灯りを燈す場所。ここならば、必ずご弔問者に見ていただける。
そんな思いで、提灯の下に紫陽花の花をたくさん咲かせることができました。
御自宅にも、色とりどりの紫陽花が庭に御座いました。
お孫さんたちは、おばあちゃんの大切にしていた花に水をあげて
おばあちゃんが大切にしていたお花を守っています。
家族っていいですね。兄弟っていいですね。親子っていいですね。
大好きなものをお互いが知っている。
けんかしても、すぐに仲直りができるじゃないですか。
家族っていいですね。夫婦っていいですね。子供っていいですね。
お互いが、支えあい・助け合い・愛し合っているじゃないですか。
おばあちゃんが大切していたものは、お子様が、お孫様が守っていく。
人間っていいですね。(憲)




投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2007.06.06  ご葬儀の基本は自宅葬

お葬式は、どこで行いたいとお考えでしょうか?
葬儀斎場ですか?それとも、御自宅ですか?
昔は、お葬式の会場は自分の家で行っておりました。
家族・親族が大変な思いをして、準備を行っていたのです。
ご近所の方々や、町会の方々がお手伝いに加わりまして
ひとつのお葬式が執り行われたのです。
寒い時期や暑い時期は、それは大変な思いをしながら
故人様をお送りしていたのでしょう。
最近は、斎場でのお葬式が増えています。
葬儀に参列するご遺族の負担がなくなり、ご近所の皆様方の
お手伝いも少なくなりました。
その理由に、マンションなどの集合住宅にお住まいの方々は
近隣の方々への配慮から家では行わないようになってきたのでしょう。
近所付き合いという言葉も、山の手ではあまり聞かなくなって
きたのではないでしょうか?
しかし、お葬式は故人様が生前にお住まいになられていた家で
執り行い、お送りするのが本当の容ではないかと思います。
葬儀会場の基本は、「自宅」です。
どんなに狭くても、行うのに困難な状態でも工夫をして
自分の自宅で、執り行いたいところです。
弊社では、自宅での施行は年間に数えるほどしかないのが
実情ですが、お客様がご希望されれば心からお手伝いを
させて頂きます。先日も、久方ぶりに御自宅でのご葬儀が御座いました。
朝から、どのように飾りを行うか?幕は、どのように張るか?などと
頭の中は、そんな構想で一杯になりました。
葬儀社の人間は、職人なんですね。
整っていない状態から葬儀式場を創り上げるのです。
通夜になり、自宅玄関前の提灯の灯りが印象強く
目に映り始めた時、御自宅でのお葬式は心がこもり
温かい心でご会葬者の方々がお焼香を行っていることに
気がつきました。「自宅葬」は、お葬式の基本でした。
これからも、心をこめてお葬式をお手伝いしていきたいと
改めて考え直すことができました。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2007.05.31  東京都近郊対応可能な葬儀社です

渥美家本店のホームページを御覧頂きまして誠にありがとう御座います。渥美家本店は、時代の移り変わりに順応したご葬儀をご提案させていただきます。最近は、”家族葬”という言葉が消費者の方々に定着してまいりました。”家族葬”とは、ご遺族・ご親族の方々でお葬式を執り行うこと。限られた人数で、心のこもったお葬式を行うこと。ごく親しいご友人などの方々がお集まりになられることもあります。昔は、”内々でのお葬式”などと申した、お葬式のことです。”家族葬”は、一般のご弔問者が少なくなるために、お通夜のお料理や返礼品の費用の負担が軽減できます。
また、渥美家本店では、”自由葬”という概念の元にお葬式を行えます。それは、”自由葬”という言葉にあるようにお客様が自由に行いたい内容のプランを組み立てることができます。
・火葬だけを行いたい ・1日だけのお葬式を行いたい ・自宅で静かに送りたい
などと、お客様と一緒にプランの内容を決めて行きます。
ご相談・お見積もりは無料です。お気軽にご相談ください。(憲)

投稿者 渥美家本店 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)